Artists
榎倉 康二
Selected Works
About 榎倉 康二(1942–1995)
1968年に東京藝術大学大学院油画専攻を修了。物や概念をめぐる新たな表現が広がった1960年代末から70年代にかけて、のちに「もの派」と呼ばれる動向と通じる感覚を持ちながらも、物質、空間、身体の関係をめぐる独自の表現を展開しました。
1970年、27歳で第10回東京ビエンナーレ「人間と物質」に参加し、油を染み込ませた紙などを用いた作品を発表。同時期には、高山登らと「SPACE TOTSUKA」での実践に取り組み、廃油や土、壁、床といった物質や場所に直接働きかける作品を制作しました。
廃油による染みや痕跡を残す行為を通して、榎倉は物質と身体、そしてそれらを取り巻く空間との関係を問い続けました。1970年代半ば以降は平面作品へと展開しながらも、「染み」や「痕跡」はその後の制作を通じて重要な要素であり続けます。
写真もまた、榎倉の制作を考えるうえで重要なメディアでした。自身の身体と場所との関係を捉えた写真や、一連の行為を通して生じる状況を写した作品など、写真を単なる記録にとどまらない独立した表現として捉え、生涯にわたり継続して取り組みました。
1971年には第7回パリ青年ビエンナーレで受賞し、1973年から翌年にかけてパリに滞在。1978年、1980年にはヴェネツィア・ビエンナーレ日本館に出品するなど、国内外で活動を広げました。1995年、52歳で逝去した後も、その作品は国内外で高く評価されています。
YOKOTA TOKYO(旧・東京パブリッシングハウス)では、榎倉康二の写真作品を体系的にまとめた『Koji Enokura Photo Works 1969–1994』(2015)を刊行しています。出版物の詳細は、こちらをご覧ください。
1970年、27歳で第10回東京ビエンナーレ「人間と物質」に参加し、油を染み込ませた紙などを用いた作品を発表。同時期には、高山登らと「SPACE TOTSUKA」での実践に取り組み、廃油や土、壁、床といった物質や場所に直接働きかける作品を制作しました。
廃油による染みや痕跡を残す行為を通して、榎倉は物質と身体、そしてそれらを取り巻く空間との関係を問い続けました。1970年代半ば以降は平面作品へと展開しながらも、「染み」や「痕跡」はその後の制作を通じて重要な要素であり続けます。
写真もまた、榎倉の制作を考えるうえで重要なメディアでした。自身の身体と場所との関係を捉えた写真や、一連の行為を通して生じる状況を写した作品など、写真を単なる記録にとどまらない独立した表現として捉え、生涯にわたり継続して取り組みました。
1971年には第7回パリ青年ビエンナーレで受賞し、1973年から翌年にかけてパリに滞在。1978年、1980年にはヴェネツィア・ビエンナーレ日本館に出品するなど、国内外で活動を広げました。1995年、52歳で逝去した後も、その作品は国内外で高く評価されています。
YOKOTA TOKYO(旧・東京パブリッシングハウス)では、榎倉康二の写真作品を体系的にまとめた『Koji Enokura Photo Works 1969–1994』(2015)を刊行しています。出版物の詳細は、こちらをご覧ください。